深部静脈血栓症・肺塞栓
深部静脈血栓症・肺塞栓
エコノミークラス症候群という名前は聞いたことがあるでしょうか。
飛行機でエコノミークラスに搭乗していて、立ち上がったときに急に息が苦しくなったり気を失ったりするひとがまれにいます。その病態をエコノミークラス症候群と呼びます。
気圧の低い機内で狭いエコノミークラスにずっと座っていると足の深いところにある静脈の血が固まってしまうことがあるのです。固まるといってもかさぶたのようなガチガチのものではなく、皮膚を切ってすぐにできる柔らかい血の塊の様なものです。
皮膚を切ったときのどろどろの血の塊は触るとすぐ取れてしまいますよね。それと同じで少しの刺激で静脈の壁についていたドロドロの塊が取れてしまうのです。静脈は心臓の右心室に向かって流れていますから右心室にたどり着きます。でも右心室には引っかかるところがあまりありませんし、右心室は収縮拡張を繰り返しているので押し出されてしまいます。その血の塊はどこまで行くのでしょうか?
答えは肺の血管です。
この肺の血管に血栓がつまる病態を肺塞栓と呼びます。症状は急な呼吸困難、失神などですが、もっとひどい状態になることもあり迅速な対応が必要な病気です。
肺へ行く血管は最初太いものですが、枝分かれを繰り返しどんどん細くなっていきます。最終的には毛細血管になります。足の静脈でできた血の塊(血栓と呼びます)は比較的太い静脈でできるので毛細血管よりだいぶ大きく、毛細血管を通過できません。そのためその手前のどこかにへばりついてしまうのです。
肺は空気を吸って酸素を取り込む臓器です。空気は肺胞という小さなお部屋にまで到達し空気の中の酸素はそこの壁にある毛細血管から血液のなかに溶け込みます。酸素が溶け込んだ血は心臓の左心室へ行き全身に配られます。それがないと体の細胞は生きていくことができません。
でもその肺からの血液が流れてこなければどうなるでしょう?
肺塞栓という病気は、血管が血栓で詰まることで血液がちゃんと流れなくなるという危機的状況なのです。
血栓で血管が詰まると書きましたが、じつは正確には少し違います。もちろん完全に血栓で詰まってしまうこともあるのですが、壁にへばりついていて、そばには少し血液が通る隙間が残っていることも多いのです。
隙間が残っていれば少し通るから安心と思われるかもしれませんが、そうとも言えないのです。
通常血が固まる状況というのはどういう時でしょうか? 手を切ったりして血管が傷ついたときに血が固まらなければ血が出続けてしまいます。それを防ぐために血管の外に出た血は固まります。しかし血管の穴を効率的に塞ぐならその血管に流れている血を減らして勢いを止める必要がありますよね。例えば水道管が水漏れを起こしたとき、押さえたりしてもそれだけではなかなか止まりませんね。そういうときは元栓を止めますよね。
それと同じように効率的に止血を行うため、毛細血管を収縮させて流れを穏やかにするのです。その役割を担うのが血栓から放出されるセロトニンやトロンボキサンA2といった血管を強力に収縮させる化学伝達物質です。
肺につまった血栓からもその化学伝達物質はでてきます。その化学伝達物質は血管を強力に収縮させるので、血栓のあるところよりも先(末梢と呼びます)にある毛細血管をしめてしまいます。血栓が血管全体を塞いでいなくても血栓がある血管の末梢にあたる部分の肺には血が行かなくなり、機能しなくなるのです。
また、肺を通過した血でないと左心室にはたどり着きませんので、もしたくさんの肺血管が通過できなくなると血が左心室へ行かなくなってしまいます。左心室にくる血が極端に少なくなれば送り出す血がほとんどなくなってしまいます。左心室は全身に血を送るためのところなので血圧が極端に下がります。脳や重要な臓器に血が十分流れないのでとても危険な状況となります。
大きな血栓が肺に詰まるといきなりその状態になることもあります。急に倒れて呼吸ができなくなり、意識もおかしくなるなどあれば迷わず救急車です。ただし、そこまで急になることはさほど多くありません。
通常は急に苦しくなっても様子を見る人が多く、数日後に改善しないからと言って受診されます。でも本当はできるだけ早く受診してほしいのです。
というのもこの肺塞栓という病気は急に悪化することもあるのです。
血栓は肺でできるのではなく、足の静脈などでできて、そこから流れてきます。
ちぎれて肺に流れた血栓の他にも足に血栓が残っているかもしれません。それがまた流れて詰まったら病状は悪化しますので、早めに対処したいのです。
また肺塞栓が起こってすぐの状況では前述のセロトニンやトロンボキサンA2といった化学伝達物質が豊富に放出されます。これらは強力に血管を収縮させて血液を通りにくくします。血が通りにくくなると血が固まりやすくなる。その状態でさらに化学伝達物質が放出されるという連鎖反応がおこり、肺の中の血の流れがどんどん悪化するおそれがあるのです。
突然の息切れ、呼吸困難はすぐ受診と思ってください。
点滴を何回もしていたり、留置針という柔らかい筒をずっといれていたりした人でそこの血管が一時的に硬くなってしまったひとなどいないでしょうか。そういった血管は血栓で詰まってしまっている可能性があります。
しかし安心してください。表面の血管は細く血栓も小さいので、それが肺塞栓の原因になることは考えにくいです。
肺塞栓の原因となる血栓ができるのはもっと体の奥、表面から見えないところにある深部静脈という太めの血管です。
静脈は川の流れと似ていて、足先など末梢の血管は足先からの血しか来ませんので細い状態です。それが中枢、心臓(右心室)の方に近づくにしたがって静脈が合流していき流れも大きく血管も太くなります。深部静脈血栓は血管の中でできますので、膝より下の小さな血管の中には小さな血栓しかできませんし、太もも、骨盤内、お腹と上に行くに従って血管が大きくなるので、もし血栓ができたときには大きな血栓と言うことになります。
大きな血栓ほど肺に流れて詰まったときの被害が大きくなります。つまり、どこに血栓ができているかで危険度が変わるのです。
深部静脈血栓症の症状はどういったものでしょうか。
一番多いのは足の腫れです。片足だけ足が腫れたら要注意と思ってください。ただし、両方の足に血栓ができることもあるので、両足だったら大丈夫という訳ではありません。
足の腫れや浮腫といった状態はこの病気だけで起こるわけではありませんが、この病気がないかチェックするのは非常に大事です。
足が腫れていなければ大丈夫というわけでもないのが難しいところです。膝より上はほぼ一本道なので、つまったらそこより末梢(足側)は腫れる可能性が高いですが、下腿の静脈は何本にも枝分かれしています。1本くらいつまったくらいでは腫れてくれません。
幸い静脈の太さは細いので血栓の量は多くならず肺塞栓の危険は低いです。
下腿だけの血栓はあまり症状が無く、検査で偶然見つかったりします。
急に腫れると痛みを伴ったりします。
蜂窩織炎という足に細菌が入ってしまう病気も腫れて痛くなるので、この二つの区別は大事です。
血栓ができやすい状態の人がこの病気になりやすいと言うことになります。
Virchowという人が提唱した血栓を起こしやすい要因は
血液は血管の中を流れているときは固まりにくくなっています。
傷をして血がでるときも最初はさらさらしていてどんどん流れます。しばらくしてゆっくりになると固まり始めます。どろどろしてくると血小板などから血を固めるための物質がでてくるのでどんどん固まるようになるのです。
血管の中でもその物質は少し出るのですが、流れているのですぐに薄まってしまいます。それもあって血管の中では血が固まりにくくなっています。
血の流れが遅くなるとすぐに流れないのでその物質の濃度が少し高まります。血流の停滞は血が固まりやすくなる要因の一つなのです。
手術や入院での臥床もそうですし飛行機でずっと座っているのもこれに当たります。特に整形外科のように痛くて動けない、動かせない、骨折で動かしてはいけない、などのときは要注意です。そのため整形外科で入院するときはそれに対する対策をちゃんと取ります。
血管の外には血を固める物質があり出てきた血はすぐに固まろうとします。
逆に血管の内皮という内側の細胞には血を固めないための物質がたくさんあります。そのおかげで血管内では血液が固まりにくくなっています。
しかし内皮が傷ついてしまうとこの防御機構が働きにくくなってしまい血管内でも血栓ができる要因になります。
血を固める機能が亢進したり、固まるのを防ぐ能力が低下したりすると血栓はできやすくなってしまいます。
経口避妊薬などの一部の薬も凝固を亢進するので要注意です。先天的、後天的凝固異常の方もおられます。
これらがあったからといってすぐに全員に血栓ができるわけではありません。
血栓ができたひとに共通することはないかと見てみるとこれらが上がったというだけですので、該当する項目があったからといって過度に心配する必要はありません。
またこれらの要因については対策が講じられていることも多いです。
例えば手術や入院の人には入院の時にリスクが高いかどうかを評価して、リスクが高い人には予防処置を講じるのが常識になっていますし、血栓を起こしやすい薬を使っている人には定期的に血栓ができていないか血液検査などでチェックします。
逆にこれらの要因が全くなくても血栓症を起こす方は少なからずおられます。
それをきっかけに病気が見つかることもありますし、病気もまったくなく、他の要因も全くないという方もおられます。
急速な進行の可能性があり急いで治療する必要があるため、以前はヘパリンという注射、点滴の薬が中心でした。そしてその後の維持治療はワーファリンという飲み薬でした。
日本で使える未分画ヘパリンは未分画のため効果に少しバラツキがあり効き過ぎる場合もあれば効きが足りない場合もありえるので調整が必要でした。
ワーファリンは個人差が非常に大きい薬ですので少ない量で十分の人もいればたくさん使っても効かないという人もいました。その上薬や食品の影響を受けやすく、仮にいつもは2錠で良い人がいたとして、その人がなにか他の薬を飲んだり、食べてはいけないと言われている食べ物を食べたりした途端に薬の効きが悪くなり効果が足りなくなる(もしくは薬の効きが強くなってしまう)ということもありますし、特に薬も変えていないし食生活も普段通りなのに急に効きが強く(もしくは弱く)なってしまったりということも見られました。
血を固めにくくすると言うことは出血したときに止まりにくいと言うことですし、効きが足りないということは治療に失敗すると言うことです。そのため出血の合併症や突然の再発が問題でした。
欧米ではずっと前から低分子ヘパリンという精製してあるヘパリンで効果が安定しているが標準治療となっていましたが、日本ではこの病気に対しては保険適応がなく使用できませんでした。
欧米では維持もこの注射でする場合もあり頻回に注射を受けなくてはならないというデメリットもありました。
この状態は脳梗塞予防がとても重要な心房細動という病気でも同様でした。
DOACという新しい(といってもだいぶ経ちますが)薬が登場し、それが心房細動だけではなく、下肢静脈血栓症、肺塞栓(まとめて静脈血栓塞栓症 「VTE」と呼んだりします)の治療に使えるようになって治療が非常に容易となりました。
DOACという抗凝固療法の薬のおかげで治療は容易となって来ています。
肺塞栓のない下肢静脈血栓症や最重症の肺塞栓以外ではDOACによる抗凝固療法で対応できることがほとんどになっています。
ただし最重症の非常に危険な型の場合はできるだけ早く状態を改善させなければならないので、抗凝固療法だけでは対応できないこともあります。
そういった状況の方には固まるのを防ぐではなく、積極的に溶かすという血栓溶解療法が必要になったりします。出血のリスクが抗凝固療法より高くなるので、本当に必要なひとだけに行います。
また、そういった方は全身の状態が非常に悪いので、血栓溶解療法が効くまで全身の状態を保つ必要があります。集中治療室などで集学的治療が必要になります。
軽症だったり問題なかったりしても構いません。もし肺塞栓だったら急いで治療が必要なのです。遠慮してはいけません。
むくみにはいろいろな原因がありそれぞれで対処法も違いますし、むくんでいても仕方ない(治療しない方が良い)という場合もあります。しかし、急に悪化した場合は下肢静脈血栓症では無かったとしても急いで対応しなければならないことが多いのです。だから「急なむくみは受診」と思いましょう。
急に悪化すると言うことは、その後も急速に進行するかもしれないということなのです。
原因の候補はこの病気だけではないですし、他の病気も重要なものですので、それらを区別するための検査が多くなってしまうのはご了承ください。
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